大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)216号 判決

ドイツ連邦共和国

6800 マンハイム 31 ザントホーフエルストラーセ 116

原告

ベーリンガー・マンハイム・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング

代表者

ベルント・コルプ

ヘルベルト・フケット

訴訟代理人弁護士

吉原省三

同弁理士

朝日奈宗太

佐木啓二

河村洌

京都市南区東九条西明田町57番地

被告

株式会社京都第一科学

代表者代表取締役

田村弘三郎

訴訟代理人弁護士

吉利靖雄

主文

特許庁が、昭和63年審判第22790号事件について、平成3年3月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「尿などの分析方法及びそれに用いる呈色試験紙」とする特許第1074106号発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。

上記特許(以下「本件特許」という。)は、昭和50年4月1日に出願され(特願昭50-40007号)、昭和56年3月24日に公告され(特公昭56-12814号)、同年11月30日に設定登録されたものである。

原告は、昭和63年12月23日、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第22790号事件として審理し、平成3年3月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月15日、原告に送達された。

2  本件特許請求の範囲第1項及び第4項記載の発明

別添審決書写し(2頁10~20行、3頁1~10行)記載のとおりである(以下、同第1項の発明を「本件第1発明」、同第4項の発明を「本件第2発明」という。)。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明の要旨を本件特許請求の範囲第1項(本件第1発明)及び第4項(本件第2発明)に記載されたものと認定し、原告(請求人)が証拠方法として提出した米国特許第3,232,710号明細書(審判事件甲第1号証、本訴甲第5号証、以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、同第3,526,480号明細書(審判事件甲第2号証、本訴甲第6号証、以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)及び「定量分析の実験と計算、第3巻、機器分析実験法」36頁(審判事件甲第3号証、本訴甲第7号証の2、以下「引用例3」という。)をもってしては本件第1発明が、前2者の証拠によっては本件第2発明が、それぞれ特許法29条2項に該当するということはできず、本件特許を無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件第1発明及び第2発明の認定、引用例1及び2の記載内容(ただし、以下の点を除く。)及び引用例3の記載内容の各認定は認めるが、引用例1には反射率補正用紙片と呈色試験紙片とを貼合わせた呈色試験紙が記載されているということができないとした点(審決書4頁14~18行)、引用例2には呈色試験紙片と反射率補正用紙片とを貼合わせた呈色試験紙を使用し、光学的測定により異常物質を分析する方法が記載されているということができないとした点(審決書5頁6~13行)、本件発明に顕著な効果があるとした認定及び容易推考性の判断は、いずれも争う。

審決は、引用例発明1の技術内容の認定を誤り(取消事由1)、また、引用例発明2の技術内容の認定を誤り(取消事由2)、その結果、引用例1~3からの本件発明の容易推考性の判断を誤り(取消事由3)、さらに、本件発明は4発明からなっており、原告はそのすべてについて無効審判を請求したのに、審決は本件第1発明及び第2発明についてしか判断をしておらず、判断の遺脱がある(取消事由4)から、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(引用例発明1の技術内容の認定の誤り)

審決は、「同号証(注、引用例1)の試験紙は肉眼的観察用のものであり、その補正用紙片は色補正用にとどまる。したがって、同号証には反射率補正用紙片と呈色試験紙片とを貼合わせた呈色試験紙が記載されているということができない。」(審決書4頁14~18行)としているが、誤りである。

(1)  肉眼観察法と機器による分光反射率測定法とは測定原理が本質的に同一であり、肉眼観察法の呈色試験紙と反射率測定用に使用されている呈色試験紙は、構造的にも実質的にも同一である。

すなわち、肉眼観察法も分光反射率測定法も、呈色試験紙の表面で選択的に反射した光の強さ(反射率)を検出する方法であり、両者は、同一物の反射光を目で見るか分光反射率測定器で見るかの相違があるだけであって、反射光を補正用紙片と比較して見ている点で測定原理が同じである。また、測定対象となる紙片からの反射光は、目視の場合も機械測定の場合も同一物を見るのであるから、分光スペクトルは同じであって、受光手段が異なるだけである。

肉眼観察法と機器による分光反射率測定法は測定原理が本質的に同一であることは、肉眼観察法に用いる呈色試験紙を、そのまま分光反射率測定法の呈色試験紙として用いることができること(甲第8号証・特開昭47-4496号公報、甲第9号証・特開昭49-77693号公報、甲第10号証・特開昭49-81095号公報、甲第11号証・特開昭49-79294号公報)からも明らかである。

このように、肉眼観察用の呈色試験紙は、そのまま分光反射率測定法に使用できるものであり、その場合、各紙片について単色光の反射率が測定されるのであるから、引用例発明1の補正用紙片は色補正用であると同時に反射率補正用である。

(2)  本件発明においては、1個の呈色試験紙における補正用紙片(反射率補正用紙片)の個数は規定されていないから、引用例1のように補正用紙片を2個以上有する態様もこれに包含されるものである。

また、本件発明においては、補正用紙片がカラーであってはならないとの記載もないし、分光反射率測定法では色という概念は存在しないから、引用例1のカラースケールも補正用紙片に包含されるものである。

結局、引用例1に記載された補正用紙片は、色補正用であると同時に反射率補正用でもあり、本件発明の呈色試験紙と区別することはできないから、引用例1には反射率補正用紙片と呈色試験紙片とを貼合わせた呈色試験紙が記載されているということができないとした審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(引用例発明2の技術内容の認定の誤り)

審決は、「同号証(注、引用例2)で反射光を用いたときはその図8から明らかなように反射率補正用紙片を使用するものではない。補正用紙片を用いるものは全て透過光を用いた測定の場合にとどまる。したがって、前記第2号証(注、引用例2)には呈色試験紙片と反射率補正用紙片とを貼合わせた呈色試験紙を使用し、光学的測定により異常物質を分析する方法が記載されているということができない。」(審決書5頁6~13行)としているが、誤りである。

(1)  引用例2(甲第6号証)を検討すると、

〈1〉 透過光を用いる透過率の測定と同様に、「周知の反射率の技術にしたがって検出部における分析を進めることができる」(同号証4欄65~67行)との記載があること、

〈2〉 第8図及びその説明中に「分析は光源214からの放射エネルギーを表面216で反射させ光マルチプライヤ218で受光することにより進める」(同12欄57~58行)との記載があり、実施例2においても、「インキュベーション工程ののち、テープは検出部を通り、そこで第3層の光密度を455mμの波長の光の反射率で測定した。試料材料中のSGOT濃度はこの特定波長での光密度に比例するから、この技術を用いて定量測定を行なった。」(同15欄15~22行)と記載されているように、反射率により定量分析を行っていること、

〈3〉 反応領域に紙を用いる場合、反射光を使用していると考えるのが自然であり、合理的であること、

〈4〉 補正に関する多くの記載が透過光のみに適用され、

反射光に適用されないとの記載はないこと、

が認められ、このことから、引用例2には呈色試験紙片と反射率補正用紙片を使用し、分光反射率測定法により異常物質を分析する方法も実質的に開示されているといえる。

(2)  反射光と異常物質濃度との関係は出願前既知であった(前示甲第8~第11号証、第14号証・特開昭49-53888号公報)。

引用例2には、上記のとおり、455mμの波長の光を用いて反射率を測定し、異常物質濃度が光密度に比例するという技術を用いて定量測定することが記載されている。

また、透過光の吸光度に対応する反射光における概念は、反射濃度(光学濃度)であるから、反射濃度(光学濃度)を求めることにより、分光透過光測定法と同様に分光反射率測定法においても、着色物質の影響を排除して異常物質を分析できるものである。

反射濃度Drと吸光度Aを表す式は、以下のとおり、同一である。

反射面に入射する光量をI0、反射面から反射される光量をIとすると、反射濃度Drは、

Dr=log10(I0/I)

で定義される。すなわち、反射灘Drは、反射率の逆数を対数的に表した量であって、物体表面の反射率をRとすれば、

Dr=log10(1/R)

となる(甲第13号証の2・「化学大辞典7」250頁)。

他方、透過率測定法における吸光度Aも、

光が物質層を通過する間、吸収によってその強さがI0からIになったとするとき、

A=log10(I0/I)

と定義される(甲第15号証の2・「化学大辞典2」809頁)。

したがって、両式は数学的に同一であり、反射濃度における入射光量I0と吸光度における光が通過する前の強さI0とが対応する。

(3)  引用例3(甲第7号証の2)の示すとおり、反射率の測定に当たり、「ブランク」を設けることは一般的な技術であり、さらに、反射率同士の比を取ることも反射率測定の基礎技術である(第12号証の4・「新編色彩科学ハンドブック」102頁右欄~104頁左欄)。

そして、引用例2(甲第6号証)には、試薬含有ディスクと臨界的不完全ブランクとの吸光度の差をとることによって、サンプル中の他の成分の影響を補正することが記載されている(同号証10欄29行~11欄28行及び図7)。

また、この態様では、検知ステーションの分析は、透過率技術を同様に、周知の反射率技術に基づいて実行される(同4欄65~67行)と記載されている。

したがって、引用例2は、尿などによる着色の影響を補正するために反射率補正用紙片の反射率に対する呈色試験紙の反射率の比をとることを実質的に開示しているものである。

3  取消事由3(容易推考性の判断の誤り)

(1)  本件第1発明は、

(ア) 尿などの中で異常物質について呈色試験紙により、分光反射率測定器を用いて呈色試験紙の反射率を求める分析方法において、

(イ) 反射率補正用紙片と呈色試験紙片を貼合わせた呈色試験紙を使用すること、

(ウ) 同時に、補正用紙片と呈色試験紙片を尿等の試料中に浸漬すること、

(エ) 呈色試験紙片の反射率を100%としたときの相対値として求めること、

をその構成としている。

すなわち、本件第1発明は、引用例1に記載されている肉眼観察用呈色試験紙と測定原理が同一で、かつ本件出願当時、既に肉眼観察用の呈色試験紙を測定対象としていた分光反射率測定器で測定しただけのものである。

引用例2には、構成(ア)、(イ)が記載されている。構成(ウ)は記載されていないが、同一の試料をディスクに滴下する引用例2と実質的に同一である。構成(エ)は、分析すべき異常物質以外の成分の影響を排除する方法として、周知自明の手段である。また、この点は実質的に引用例2に記載されている。

そして、引用例2には、異常物質以外の成分の影響を排除するため、一個の反射率補正用紙片と対比すれば良いことが、また、引用例3にはブランクを基準として相対的に呈色の程度を比較判断することが記載されているから、出願当時分光反射率測定にも使用されていた引用例1に記載された肉眼観察用呈色試験紙の複数のカラースケールを、一個の反射率補正用紙片に代えて用いることは容易である。

本件第1発明の新規な点は、着色尿の影響を補正するために、反射率補正用紙片と呈色試験紙片を同一の呈色試験紙につけ、かつ同時に同一の試料に漬ける点にあるが、この点は引用例1に記載され、引用例2に示唆されている。また、反射率補正用紙片を有する呈色試験紙を用いることにより、試料の着色成分の影響を排除しうることは、引用例1及び2に記載されているから、本件第1発明の効果は予測しうる。したがって、本件第1発明は、引用例1及び2から容易に想到できるものである。

(2)  本件第2発明は、

(オ) プラスチックスでできたスティックの一端近くに、呈色試験紙片と反射率補正用紙片が貼合わせてある呈色試験紙において、

(カ) 前記反射率補正用紙片は呈色試験紙片と同時に尿等に漬けられるものであって、

(キ) 該試料中に異常物質が存在することを示す色を呈するための試薬が含有されていないことを除いて、呈色試験紙片と実質的に同一の吸水特性並びに被染色性を有する素材からなるものであること、

をその構成としている。

構成(オ)は引用例1及び2に記載されており、構成(カ)は第1発明の構成(ウ)と同じであり、引用例1に明記され、また引用例2にも実質的に記載されている。

構成(キ)は、引用例1の実施例3に記載されており、引用例2にも第2反応ディスクは呈色試験紙用の第1反応ディスクから、試薬の一部又は全部を除いたものである(甲第6号証8欄59~62行)と記載されている。

また、本件第2発明の効果も、本件第1発明と同様に予測しうる効果である。したがって、本件第2発明は、引用例1及び2から容易に想到できるものである。

4  取消事由4(判断の遺脱)

本件発明は、特許請求の範囲第1~第4項記載の4発明からなっており、原告はそのすべてについて無効審判を請求したのに、審決は本件第1発明及び第2発明についてしか判断をしていないから、判断の遺脱がある。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  引用例1には、反射率の補正には使用できない色の対比のために使用される標準カラースケールと呈色試験紙片との比色という肉眼観察法についての記載があるにすぎず、透過率又は反射率なる概念には何ら言及されておらず、光学機器を用いて呈色試験紙片を測定することについては何らの記載もない。

また、目視で同色であっても分光スペクトルは全く異なるのであるから、標準カラースケールを分光反射率測定用に転用することはできないし、標準カラースケールの反射率測定をしてみても、呈色試験紙片の着色尿による補正をすることができないことはいうまでもない。

(2)  肉眼観察法の呈色試験紙では、補正用紙片(標準カラースケール)を複数必要とするが、分光反射率測定法の呈色試験紙では反射率補正用紙片が1個あればよく、この点で異なることは明らかである。

2  取消事由2について

(1)  引用例2には、「この実施態様においては、透過率技術と同時に、周知の反射率技術にしたがって検出部における分析を進めることができる。」との記載があるのみであって、着色された呈色試験紙片からの反射率を補正することについての何らの開示もない。

また、透過光測定においては、測定項目ごとにただ一つの検量線を用いることにより、異常物質(蛋白、グルコース、ケトン体、ウロビリノーゲン及び潜血など)の濃度を測定できるのに対し、反射光測定においては、着色の程度に応じて無数の検量線が測定項目ごとに必要となるが、引用例2には、反射率測定に必須の検量線について開示のみならず、示唆すらない。

さらに、透過光については、ランベルトーベールの法則が存在するから、透過光を用いて溶液の濃度が知りうるが、反射光については、このランベルトーベールの法則に対応する法則は知られていない。

(2)  原告は、反射光と異常物質の濃度との関係は周知であった(甲第8~第11号証及び第14号証)とし、反射濃度Drと吸光度Aとは式の外形が同一であることを根拠に挙げている。

しかし、反射濃度は単に画像の濃さを表す物理量をいい、測定対象たる異常物質の濃度を示すものではないから、式の外形が同一であるといっても、その示す意義は異なるのである。したがって、式の外形が同一であることを理由に反射濃度が吸光度に対応するとの主張はあたらない。

(3)  ブランクは、引用例3(甲第7号証の2)に「吸光度を測定する」(同4~5行)とあることからわかるとおり、分光光度計で透過光を測定するに当たって設けられるものであることを明らかにしているにすぎず、決して反射率を測定するにあたってブランクを設けることを開示したものではない。

また、標準白色面のスペクトル反射率と、ある試料物体(A)のスペクトル反射率の比をとることは、単に測色用分光測光器の目盛りを絶対目盛りに「較正」することにすぎず、ある試料物体(A)のスペクトル反射率と他の試料物体(B)のスペクトル反射率の各スペクトル反射率同士の比をとることとは全く意義を異にするものである。

3  取消事由3について

本件発明の新規な点は、「尿などによる着色の影響を補正するために反射率補正用紙片と呈色試験紙を同一の呈色試験紙に設け、これを試料に漬けて反射率補正用紙片の反射率を100%としたときの呈色試験紙片の相対反射率を基に、尿などの液体試料中の異常物質の濃度を測定すること」にあり、これらの点については、引用例1及び2には何らの開示も示唆もない。

また、試料の着色成分に影響されることなく、異常物質を定性的かつ定量的に分析できる本件発明の効果は、引用例1~3から予測できない。

したがって、引用例1及び2から本件発明を容易に想到することはできない。

4  取消事由4について

原告は、本件第1発明及び同第2発明について特許無効事由を主張しているにすぎず、審決は、この2発明について判断をしたのであるから、判断の遺脱はない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

取消事由2及び3について、検討する。

1  取消事由2(引用例発明2の技術内容の認定の誤り)について

(1)  引用例2に、審決認定のとおり、「分析テープ上に、複数のディスクが貼合された構造をもち、各ディスクは、適当な試薬が含浸された多孔性材料からなる反応領域と、補正用領域とからなり、該ディスクに透過光のみならず反射光をも放射し、得られた測定値から光学的に試料を分析する方法及びそのための試験テープが記載されている」(審決書4頁19行~5頁5行)ことは、当事者間に争いがない。

審決は、引用例発明2が、「透過光のみならず反射光を放射し、得られた測定値から光学的に試料を分析する方法」が記載されていることを認めながら、「同号証(注、引用例2)で反射光を用いたときはその図8から明らかなように反射率補正用紙片を使用するものでない。補正用紙片を用いるものは全て透過光を用いた測定の場合にとどまる。」(審決書5頁6~10行)と述べ、被告も同様に主張する。

審決のいう引用例2(甲第6号証)の反射光を用いたときの図8についての説明(同号証全訳15頁16~23行)中に、反射率補正用紙片を使用することが明示されていないことは、審決の述べるとおりと認められる。

しかし、引用例2には、反射光を用いる場合につき、「更に別の実施態様では、個別反応サイトあるいは、複数個の個別反応サイトのそれぞれが、分析テープの開口上に支持される。この実施態様においては、透過率の技術と同様に、周知の反射率の技術にしたがって検出部における分析を進めることができる」(同5頁19~21行)として、周知の反射率の技術に従って分析をすることが示されており、ここでいう「複数個の個別反応サイト」とは、呈色試験紙片に該当する第1の反応領域と補正用紙片に該当する第2の反応領域を含むものであることは、前示の事実から明らかであり、また、「血液中の血清グルタミン酸-オキサロ酢酸ロランスアミナーゼ(SG0T)の定量測定を行う」(同17頁14~15行)実施例2につき、染料層を化学吸着させた第3層を持つテープを用い、「インキュベーション工程ののち、テープは検出部を通り、そこで第3層の光密度を455mμの波長の光の反射率で測定した。試料材料中のSG0T濃度はその特定の波長での光密度(原文における「optical density」)に比例するから、この技術を用いて定量測定を行なった。」(同18頁19~21行)として、分光反射率測定法により異常物質を分析する場合、液体材料中の異常物質の濃度が光密度(optical density)に比例することを基礎に定量測定をすることが開示されている。

(2)  ところで、引用例2には、分光透過率測定法について、「サンプル材料の特定の周知の物質の濃度に比例する特有の光子吸収特性」につき、「この光子吸収特性は、この分野の技術においては周知の方法で、比例した電圧に変換され得、この電圧は、将来の参照のために測定、記憶、記録、等がなされる。」(同5頁26~27行)と記載され、その実施態様の一つとして、「分析の際、試料および反応混合物に加えられたある種の試薬の影響に対する分析検出系の補正を可能にする第2の反応領域を各第1の反応領域と組み合わせ」(同9頁28~29行)た分析テープを用い、2個の平行放射エネルギービームにより、異なる液体材料を通過する「透過性により生じる光強度の変数」に対応した2つの電気信号を発生させ、これら「信号間の差によりサンプルの成分量を指示する」ことにより、試料中の他の成分の影響を補正し、正確な分析ができることが記載されている(同9頁27行~10頁16行)。

これらの記載における「特定の周知の物質の濃度に比例する特有の光子吸収特性」、「透過性により生じる光強度の変数」は、与えられた物質を光が通過する際、その物質が光を吸収する度合いをいうものと解され、この場合、入射する前及び吸収された後の光の強さをI0、Iとすると、

A=log10(I0/I)

の関係があり、このAを「吸光度」ということは、「化学大辞典2」809頁(甲第15号証の2)に記載されているとおり、周知の事実である。

したがって、引用例2には、分光透過率測定法において、液体試料中の物質の濃度に比例する吸光度の差を電気信号に変換することにより、これにより試料中の他の成分の影響を補正し、液体試料中の異常物質を分析する方法が具体的に開示されていることが認められる。

(3)  引用例2に、分光反射率測定法により異常物質を分析する場合、試料材料中の異常物質の濃度が光密度(optical density)に比例することを基礎に定量測定をすることが開示されていることは、前示のとおりである。

「光密度」(optical density)は、「光学密度」、「光学的濃度」ともいわれ、「化学大辞典3」499頁(甲第17号証の2)の示すとおり、「物体(または溶液中の溶質)の光を吸収する度合を表す値の一つ」で、入射する前及び吸収された後の光の強さをI0、Iとすると、

log10(I0/I)

で定義され、前示吸光度と同じものであり、この事実は、本件特許出願前、周知の事実であったと認められる。

そして、「化学大辞典7」250頁(甲第13号証の2)によれば、反射面に入射する光量をI0、反射面から反射される光量をIとすると、「写真の印画などにおいて画像の濃さを表す物理量」を示す「反射濃度」は、「log10(I0/I)」で表され、「反射濃度Drは、反射率の逆数を対数的に表した量であって、物体表面の反射率をRとすればDr=log10(1/R)となる。」ことが明らかであるから、引用例2に具体的に開示されている前示透過率測定法において、液体試料中の物質の濃度に比例する吸光度の差を電気信号に変換することにより、試料中の他の成分の影響を補正し液体試料中の異常物質を分析することは、反射率測定法においては、液体試料中の物質の反射濃度の差を電気信号に変換することにより、試料中の他の成分の影響を補正し液体試料中の異常物質を分析することになると理解される。

すなわち、第2の反応領域の反射濃度をDr1、その反射率をR1、第1の反応領域の反射濃度をDr2、その反射率をR2とすると、

Dr1-Dr2=log10(1/R1)

-log10(1/R2)

=log10(R2/R1)

となり、液体試料中の物質の反射濃度の差、すなわち、反射率の比を電気信号に変換することにより、試料中の他の成分の影響を補正し液体試料中の異常物質を分析することになり、このことは、当業者にとって、容易に理解されることと認められる。

引用例2において、前記のとおり、分光反射率測定法による場合に「光密度」の用語が使用されているのは、入射光と反射光の関係を表す「反射濃度」について、これが分光透過率測定法における入射光と透過光との関係を示し同じ形式で表される「吸光度」に相当する概念であることを示しているにほかならない。

以上の事実によれば、分光透過率測定法における「吸光度」も分光反射率測定法における「反射濃度」も、ともに、入射する前の光及び吸収又は反射された後の光の比を基礎にした対応する概念として周知のものであり、これを基礎に第1及び第2の反応領域により、試料中の他の成分の影響を補正し液体試料中の異常物質を分析することができることは理論的に明らかであるというべきであるから、引用例2において、分光透過率測定法について詳細に引用例発明2を説明し、分光反射率測定法については、前示のとおり、「透過率の技術と同様に、周知の反射率の技術にしたがって検出部における分析を進めることができる」(甲第6号証全訳5頁20~21行)と述べて、その詳細な説明を省略したことは当然のことといわなければならない。

すなわち、当業者であれば、染料を用いて発色する第1の反応領域と第2の反応領域とを有する呈色試験紙を使用し、反射率測定法により試料中の他の成分の影響を補正し異常物質を分析する方法が、透過率測定法による場合と同等に開示されていると理解できるものと認められる。この場合、第1の反応領域が本件発明の呈色試験紙片に、第2の反応領域が反射率補正用紙片に該当する役割を持つことはいうまでもなく、このことからすれば、引用例2において、反射光を用いたときに、反射率補正用紙片を使用することが実質的に開示されているというべきことは明らかである。

したがって、審決の前示認定は誤りというほかはなく、これを正当という被告の主張はいずれも採用できない。

3  取消事由3(容易推考性の判断の誤り)について

(1)  本件第1発明及び第2発明の要旨が前示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、これを各分記すると、次のとおりとなる。

Ⅰ 本件第1発明

(a) プラスチックなどでできたスティック3の一端から順に反射率補正用紙片2と呈色試験紙片1を貼合せてなる呈色試験紙を分光反射率測定器に供支して呈色試験紙片1の反射率を求める分析方法において、

(b) 上記反射率補正用紙片2は呈色試験紙片1と同時に尿などの試料中に漬けて用いるものであつて、

(c) 上記呈色試験紙片1の反射率は上記反射補正用紙片2の反射率を100%とした時の相対値として求めるごとくして

(d) 順次尿などの試料中の各種異常物質について試験する分析方法。

Ⅱ 本件第2発明

(e) プラスチックなどでできたスティック3の一端近くに、呈色試験紙片1と反射率補正用紙片2が貼合せてある呈色試験紙において、

(f) 上記反射率補正用紙片2は、

呈色試験紙片1と同時に尿などの試料中に漬けられるものであつて、

(g) 該試料中に異常物質が存在することを示す色を呈する為の試薬が含浸されていないことを除いて、呈色試験紙片1と実質的に同一の吸水特性並びに被染色性を有する生地素材から成るものである

(h) 呈色試験紙。

(2)  一方、引用例2に、染料を用いて発色する第1の反応領域と第2の反応領域とを有する呈色試験紙を使用し、反射率測定法により異常物質を分析する方法において、反射率補正用紙片を使用することが実質的に開示されていることは、前示のとおりである。

そして、引用例(甲第6号証)には、「本発明の目的は、液体材料、特に血液や尿のような体液を化学的に自動分析する装置とシステムを提供することである。更に本発明の目的は、複数個の異なるサンプルについて複数個の異なるテストを同時に実行できる、液体材料の自動分析装置とシステムを提供することである。」(同号証全訳3頁16~19行)との記載、「本発明の分析テープは、ペーパ、セルロース アセテートあるいはマイラー(ポリエチレンテレフタレート)の様な支持基材を有する」(同14頁2~3行)、「ゲルまたはゲル形成材料のほか、紙などの他の多孔質材料を必要な試薬で含浸し、ついで支持基材に貼合せることができる」(同14頁25~27行)との記載、「さらに、分析の際、試料および反応混合物に加えられたある種の試薬の影響に対する分析検出系の補正を可能にする第2の反応領域を各第1の反応領域と組み合わせることができる。・・・第2の反応領域は試薬の不存在下に試験すべき材料を含有するか、または、ある種の状況では試料材料に1種またはそれ以上の試薬を添加することができる。ただし、それらの試薬は反応を起こしたり、どのような形ででも光学的分析に悪影響を及ぼすものであってはならない。後者の反応混合物は“臨界的不完全ブランク”と称されるものであり、その分析は、種々の試薬および試料材料中の他の成分によって生ずる光学的分析への影響に対して、分析系を補償することを可能にする。」(同9頁28行~10頁6行)との記載、「第1および第2の反応領域はそれらに添加された前記の材料を有し」(同10頁16行)との記載があることが認められる。

(3)  以上の本件発明(本件第1発明及び第2発明)の構成と引用例2に開示された事項を対比すると、引用例2には、本件第1発明の構成の前示(a)、(d)及び同第2発明の(e)、(g)、(h)が開示されていることが明らかである。

本件第1発明の構成(b)及び同第2発明の構成(f)に対応する「補正用紙片は呈色試験紙片1と同時に尿などの試料中に漬けて用いる」ことについて、引用例2には、上記のとおり、呈色試験紙片に該当する第1の反応領域と補正用紙片に該当する第2の反応領域に液体試料を添加することが示されており、この目的が、補正用紙片と呈色試験紙片に液体試料を含浸させて、分析すべき異常物質以外の着色成分の影響を排除するためであることは明らかであり、また、特開昭49-77693号公報(甲第9号証)、特開昭49-81095号公報(甲第10号証)、特開昭49-79294号公報(甲第11号証)に示されているとおり、呈色試験紙を尿などの液体試料中に浸漬して含浸させることは周知の技術であるから、添加に代えて液体試料中に漬けることとし、上記各構成に想到することは、当業者にとって容易になしうることと認められる。

(4)  本件第1発明の構成(c)の「上記呈色試験紙片1の反射率は上記反射補正用紙片2の反射率を100%とした時の相対値として求めるごとくして」は、引用例2(甲第6号証)に開示されていない。

しかし、引用例2には、反射率補正用紙片の反射率に対する呈色試験紙片の反射率の比をとることによって、試料中の他の成分の影響を補正し液体試料中の異常成分の分析をする方法が実質的に開示されていることは、前示のとおりであり、この場合、分母に当たる反射率補正用紙片の反射率を何%にして相対値をとるかによって、上記の比の示す意味に変化のないことは、理論的に明らかであるから、このことは、当業者が設計的事項として容易になしえることといわなければならない。

また、以上の事実に基づけば、被告が主張する本件第1発明及び第2発明の効果は、予想される範囲内のものと認められ、これを予想を超える顕著な効果ということはできない。

(5)  以上に述べたところによると、本件第1発明及び第2発明は、引用例発明2と周知事項に基づいて、当業者が容易に推考できるというべきである。

したがって、審決の判断は誤りというほかはなく、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

4  よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第22790号

審決

ドイツ連邦共和国マンハイム 31・ザントホーフエルストラーセ 116

請求人 ベーリンガー・マンハイム・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツング

東京都千代田区丸の内3-3-1 ドクトル ゾンデルホフ法律事務所

代理人弁理士 矢野敏雄

京都市南区東九条西明田町57番地

被請求人 株式会社 京都第一科学

大阪府大阪市中央区城見2丁目1番61号 ツイン21 MIDタワー内

代理入弁理士 青山葆

大阪府大阪市中央区城見2丁目1番61号 ツイン21 MIDタワー内

代理人弁理士 柴田康夫

上記当事者間の特許第1074106号発明「尿などの分析方法及びそれに用いる呈色試験紙」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

本件特許第1074106号発明は、昭和50年4月1日に出願され、昭和56年3月24日に出願公告(特公昭56-12814号)された後、昭和56年11月30日に設定の登録がなされたものであって、その発明の要旨は、本件明細書及び願書に添付された図面の記載からみて、特許請求の範囲第1及び4項に記載された次のとおりのものと認める。

1、 プラスチックなどでできたスティック3の一端から順に反射率補正用紙片2と呈色試験紙片1を貼合せてなる呈色試験紙を分光反射率測定器に供支して呈色試験紙片1の反射事を求める分析方法において、上記反射率補正用紙片2は呈色試験紙片1と同時に尿などの試料中に漬けて用いるものであって、上記呈色試験紙片1の反射率は上記反射率補正用紙片2の反射率を100%とした時の相対値として求めるごとくして順次尿などの試料中の各種異常物質について試験する分析方法。

4、 プラスチックなどでできたスティック3の一端近くに、呈色試験紙片1と反射率補正用紙片2が貼合せてある呈色試験紙において、上記反射率補正用紙片2は呈色試験紙片1と同時に尿などの試料中に漬けられるものであって、該試料中に異常物質が存在することを示す色を呈する為の試薬が含浸されていないことを除いて、呈色試験紙片1と実質的に同一の吸水特性並びに被染色性を有する生地素材から成るものである呈色試験紙。

これに対し、請求人は甲第1号証として米国特許第3,232,710明細書を、甲第2号証として米国特許第3,526,480号明細書を、および甲第3号証として定量分析の実験と計算、第3巻、機器分析実験法第36頁を引用して、(Ⅰ)本件特許請求の範囲第1項の発明(以下「第1発明」という)はこれら甲各号証に記載された発明に基づいて容易になしえた発明である、また(Ⅱ)特許請求の範囲第4項の発明(以下「第2発明」という)は、上紀甲第1乃至2号証に記載された発明に基づいて容易になした発明であるので、前記両発明共に特許法第29条第2項の規定に該当し、本件特許は無効とされるべきである、旨主張している。

そこで、請求人の上記主張を検討する。先ず、主張(Ⅰ)についてみると、上記甲第1号証には、標準カラースケールと試薬を含有する呈色試験片とを一枚の紙に配置し、それらを一定の間隔を置いて、プラスチックシートの間に封入した試験紙が示され、前記標準カラースケールは素材が〓紙で補正用のものであるから、呈色試験紙片と補正用紙片とを貼合わせた呈色試験紙が記載されているといえる(第2欄58乃至66行、第3欄10乃至30行参照)。しかしながら、同号証の試験紙は肉眼的観察用のものであり、その補正用紙片は色補正用にとどまる。したがって、同号証には反射率補正用紙片と呈色試験紙片とを貼合わせた呈色試験紙が記載されているということができない。また、甲第2号証には、分析テープ上に、複数のディスクが貼合された構造をもち、各ディスクは、適当な試薬が含浸された多孔性材料からなる反応領域と、補正用領域とからなり、該ディスクに透過光のみならず反射光をも放射し、得られた測定値から光学的に試料を分析する方法及びそのための試験テープが記載されている(第6欄36乃至47行参照)。しかしながら、同号証で反射光を用いたときはその図8から明らかなように反射率補正用紙片を使用するものでない。補正用紙片を用いるものは全て透過光を用いた測定の場合にとどまる。したがって、前記第2号証には呈色試験紙片と反射率補正用紙片とを貼合わせた呈色試験紙を使用し、光学的測定より異常物質を分析する方法が記載されているということができない。更に、甲第3号証には、光学的測定においてブランクを用いることが記載されているが、相対的反射率を求めることについて何等示すところがない。

しかして、第1発明は前紀構成要件により本件明細書、特に第4図及びその説明に示されているような試料の着色成分に影響されることなく異常物質を正確に定性的にかつ定量的に分析できるという顕著な効果を奏するものである。

してみると、第1発明が前記甲1乃至3号証に記載された事項により当業者が容易に想到しえるということができ左い。

また、主張(Ⅱ)についてみると第2発明も上記のとおり甲1、2号証には補正用紙片として反射率補正用紙片を用いることが記載も示唆もないところから、この第2発明も前記甲第1、2号証に基づいて当業者が容易に想到しえるということができない。

更に、請求人は弁ばくの際、西ドイツ国特許出願公開第2437332号明細書(以下「明細書」という)を提示しているが、該明細書の日本国への受入日は、昭和50年5月29日と、本件特許権の設定登録の日から5年を経過した後に受入れられたものであるから特許法第124条の規定により本件の証拠として採用することができない。

以上の通りであるから、請求人の主張する理由および証拠方法をもってしては、本件特許第1074106号発明を無効とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年3月28日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

請求人 被請求人 のため出訴期間として90日を附加する

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例